他人の期待には応えなくていい!もっと自分の思う通りにすると楽

線路と人

他人に期待されてるからそうしないとという重圧ってありませんか?

他人の期待に沿わないと悪いのでは?と思ったりしたり。
結論から言うと他人の期待には応えなくていいですし、あなたの好きなように選択して生きるといいです。

他人の期待に応えてしまい過ぎる理由や他人の期待に応えなくて済むには?という事でご紹介します。

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他人の期待に応える必要はなし

アルファベット

つい他人によく思われたいが故に他人の意見や他人の誘いを断らずにいるってありませんか。

とはいえ自分を押し殺したり、自分が望んでないのに他人の期待に応えようとはしなくていいです。

理由としては

・他人の期待が余計な重圧となる
・他人の期待は幻想にすぎない
・他人の期待に応える人でいると搾取される人になる

の理由があるから。

他人の期待が余計な重圧になる

多かれ少なかれ他人(親であったり上司であったり教師であったり)と人からの期待に応えようと頑張っても時として思うような言葉をかけてくれないってあるでしょう。

結論から言うと人があなたに対して期待をして、その期待に応えなきゃと思って行動し続けるということは常に人の期待が中心となってる状態で、あなたの願望や望みではないということ。

そして他人が期待してそれに応えようとしても、軸の中心は他人に置かれたまま。

例えば)

他人があなたに期待しているというのは

・あくまで他人が勝手にあなたに対して期待をしているだけ
・他人があなたが他人の思うように振舞って欲しい

というあくまで他人があなたにそうなって欲しいという願望をあなたにしているに過ぎないからなんですね。

あくまで他人が勝手にあなたに対して期待をしているだけ

会社でもプライベートでも何でもいいですが、他人が期待をしているからという理由であなたもそれに応える必要はありません。

というのは他人が100人居れば100通りの期待がありますし、それら全てに応えるのは不可能です。
それに全部が全部他人の期待に応えようとしても物理的に無理。

そして他人は実は思う程期待をしてないのにも関わらず自分では相手から期待されてると思い込んで期待に応えようとしてる可能性はあります。

他人があなたに他人の思うように振舞って欲しい

握手

他人があなたに他人の思うように振舞って欲しいからという場合で、その他人の願望をあなたに押し付けてる場合もあるかもしれません。

とはいえその他人はあなたが生きる間永遠に居る訳でもありませんし、あくまでその他人が生きてる間に過ぎません。

その他人が居なくなればその人の期待に沿って生きたところで全く意味をなさないです。

他人が思うように生きるということは言い換えれば、常に他人の価値観や他人中心となるので振り回されて非常に疲れます。

期待とアドバイスは分ける

人からのアドバイスや意見も参考になるものであって自分が必要と感じれば取り入れればいいでしょうが、アドバイスや意見と期待は全く別物。

期待はただ他人があなたに勝手にそうしているだけですし、他人の為に生きてる訳ではありません。

期待に応えなきゃ!が自分を苦しくする

他人の期待に応えたいがあくまでたまに期待に応えて自分なりの価値観や軸があればいいです。

ただ常に他人の期待に応えなきゃ、応えたいと思っても他人の期待なんてコロコロ変わるものだし、人それぞれ期待の程度も内容もバラバラです。

その不安定な他人の勝手な期待や想いに応えようとして追い求めると常に軸は他人軸中心となって最終的に自分が苦しくなります。

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他人の期待に応えなきゃいけない、は幻想

他人があなたにこうなって欲しいと思っているかもしれませんが、期待はあくまでそう他人が勝手に期待をして、必ずそうしろということでもありません。

期待に絶対応えなきゃとあくまで自分で自分を縛り付けて、他人の期待に想像以上に縛られているだけで、実際は他人はそこまで期待をしてない気にしてないという場合もあります。

他人の期待に応える人でいると搾取される人になる

これは私もありますが、他人があなたに期待したことや依頼したことに対して全てyesという状況。

これは自分が望んでるならいいですがあなたがただその他人に悪く思われたくないだとか、他人の期待に応えなきゃと思ってyesと言った場合はまた話は別です。

逆にその他人にあなたの期待や依頼をしたとしてもその他人はnoという可能性は十分ありますし、実際私もありました。

では他人からすると毎回毎回何でも要求を飲むあなたの存在というのは、毎回断らないから都合のいい人に成り下がる可能性が非常に高くなります。

嫌なら断っていい

都合のいい人になってしまった場合、そのような他人に対してnoを突き付けることも必要だと思います。

あなたが望まないことに対してはハッキリと断り自分なりの考えを伝えるのはとても重要です。

で、自分の意見を言うことによりあなたから離れる人も出てくるでしょうがそれはそれで万々歳といえます。
というのは今まであなたを都合よく扱ってた人が消えてくれる訳ですから。

反対に離れる人がいる一方新しく始まる人間関係もありますし、変化を恐れないことです。

都合よく扱う人よりあなたを大事にしてくれる人が周りに居た方が余程いいじゃないですか。

他人の期待に応えらえないことを恐れる理由

影

他人の期待というのはあくまで他人の他人ベースであることですがこれは何故?と思った時、他人からの期待は言い換えると他人から称賛を期待してる状態が今でも続いてるということ。

幼少期親や周囲の人から

・必要とされない
・十分な愛情を受けられなかった

という原因があるからこそ今でも他人の期待を得ることが中心となってしまい、また他人の期待に応えないと自分は必要とされないと思い込んでるからともいえます。

十分な愛情を受けたり自分は必要とされたりした場合

・どんな自分でも受け入れてくれる
・自分が困ったときは助けてくれる
・自分が悲しい時は寄り添ってくれる

等の経験があり信頼感を抱くことができれば、子どもは全ての人に対して信頼感を持てる

反対に十分な愛情を受けなかったり自分は必要とされなかった場合

・困ったときでも素直に人を頼れない
・他人の期待に応えられないと見捨てられると思いやすい
・ちょっとした問題でも不安になりやすい
・自分は誰からも必要とされていないという思いに囚われやすい

というように子供時代に十分な愛情を受けなかったり、受け入れられないと軸が他人に受け入られることが中心となります。

 

また他人から受け入れられることで自分が認められたように思ってしまい常に他人の期待に応えないと他人から拒否されるのでは?という思いがあるから。

人は誰しも「他人から受け入れられ」「他人に拒否されることを恐れ」ますが、子供時代に受け入れられなかった分を今現在他人からの期待や称賛で埋めようとします。

ただ親は選べませんし幼少期は選べませんが今現在の選択は選べます。
この後にまたお伝えしますが他人ではなく自分で自分を認めて称賛をしていくことが必要となります。

他人の期待を手放し、自分の人生を生きるために

ビル群

他人からの期待に応えずに、そして他人からの称賛を捨てる。
ちょっと極端かもしれませんが、結論は自分軸に切り替えることです。

この前の章で受け入れられなかったことや十分な愛情がないのを他人の称賛や期待で埋めようとしても、それは常に他人次第で非常に疲れます。

・自分で自分を褒めてあげる
・自分で自分を認めてあげる
・自分なりの価値観を明らかにしてその通りに生きる

他人からの期待や承認ではなく自分で自分を褒めるにシフトすると、最初の内はこの切り替えはキツイかと思いますが、自分の良さは絶対あるハズなんです。

紙に書きだしてみて自分の長所を徹底的に洗い出して、自分の良さを自分で褒めて認めてあげるって他人の力を必要とはしません。

他人は自分の写し鏡

逆説的ではありますが人から認めて貰おうとすればするほど人からは認められず、自分で自分を認めて承認すればするほど人からの承認や称賛があるというもの。

他人は自分の鏡と聞いたことがあるかもしれません。

他人からの期待の承認を求める状態というのは常に他人から貰うが中心となるということ。
とすれば他人からすればあなたから貰おうという意識の人が集まる。

自分で自分を承認して軸が自分にある状態ならば他人からの承認を必要とはしないし、逆に人に与える余裕が出てくれば、集まる人も与えようとする人が集まる。

集まる他人は写し鏡と言われる状態になるといえます。

他人からどう思われるか、期待されるか、承認されるかからシフトして自分で自分を全面的に受け入れて認めることから始めてみてはいかがでしょう?

他人の期待に応えるために人生を某に振るな

他人の期待に応えることに囚われると本当はどうしたいのかわからなくなるし軸が他人ベースとなります。

そして他人の期待に応えることが中心となると

・自分の本当の望みは何かがわからなくなる
・自分と向き合うことが難しくなる

など他人からの期待を理由に挙げてがんじがらめになって動けなくなり時間だけが経過するハメになります。

とはいえこれは他人の期待を理由にして動かない口実を作ってるだけで人生の責任を他人が負ってくれる言い訳にしてしまいますが、最終的に他人はあなたの責任は負いません。

本当に自分の人生をコントロールしていくのであればあなたの人生には全面的に責任を持ち、自分で選択して、自分で自分を受け入れることが必要です。

他人の期待や承認という常に自分を振り回す余計な要らない荷物は捨て去って自分の人生を歩む方が自由を得られます。

手っ取り早く承認欲求を満たすSNS断ちも時には必要

アプリ

今だとSNSを開けば誰々の活躍ってスクロールすれば出てきますね。
そしてあなたが投稿したメッセージや画像に対して「いいね」がついた。

「いいね」は貰うとあたかもあなたが受け入れたり承認してもらったかのような錯覚に過ぎません。

逆を考えれば他人の投稿に「いいね」をしてもそれって

・付き合いだったり
・ただ押したり

って場合もあるでしょう。

本心からって正直少ないのではないでしょうか。

SNSのいいねは手軽でハマりやすいが故危険

いいねは本心からの場合もあるでしょうし、ただ押された場合もあるでしょう。

そしてボタン一つで簡単の押せるからこそ押す側もポチっとタップするだけ。

そしてこの数字が増えれば受け入れられたような感じがして、更にまたいいねやいいねの数を求めて延々無限ループにハマり込み抜けられない。

手軽だしスグにいいねは通知されるがそれは本当の承認ではありません。

これも先ほどお伝えした通り軸が他人にある状態ですし、結果当てにならない外部に承認を持っていて結果疲れます。

ですので自分で自分を認める軸に切り替えると共にSNSにハマりすぎてると自覚するならアンインストール等強硬手段も必要かと思います。

さいごに

他人の期待に応えることはしなくていい、そう思います。

他人の期待に応えすぎれば
・重圧となる
・他人の期待は他人がそう望むだけのこと
・期待に応えすぎると搾取される

等弊害が大きいからです。

他人の期待には他人の数だけある訳ですし、それらすべてに応えてたらハッキリ言って時間がいくらあっても足りません。

またとても疲れますしね。

そして期待に応えすぎれば時として他人からは都合のいい存在と扱われて、ただ搾取される場合もありますので自分の身は自分で守る意味でも他人の期待には応えすぎなくていいといえます。

そしてもしも自分が望むことでないならば断わることも必要。
断ることで離れる人が居ればそれはただ都合よくアナタを扱ってた人が離れてくれたと考えればわかりやすいかと思います。

他人の期待に応えないとという強迫観念

幼少期親や周囲の人から

・必要とされない
・十分な愛情を受けられなかった

などの経験により他人の期待に応えることで他人から必要とされる、受け入れられるということを埋めようとします。

他人の期待ではなく自分軸に切り替える

他人からの期待や承認を求めて動くのは非常に疲れますし、最終的に自分が何をしたいのか?が分からなくなります。

それよりも他人の期待等当てにせずに、自分で自分を承認して自分の良さを自分自身で認めてあげる。

これが一番早いですし、他人というその時その時で変わる他人の価値観に振り回されなくて済みます。

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